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小川先生のコラム

8月 無農薬で花は作れないのか?

コラム8月

花農家の方ならばよくご存じのように、観賞用の花を栽培するためには、実に多くの農薬と肥料、さらに言えば、エネルギー(油)の投入を必要とする。農薬に関しては、とくに、多種多様な花を栽培しているため、品種・品目ごとに病虫害への対応を変えなければならない。そうした現実があるために、生産現場でもほとんど素性がわかっていない無登録農薬を散布しているのが現状である。たぶん、安価な薬剤で効果があるからという理由で、使用しているにすぎないのだろうと推測する。

肉や野菜については、人間の体に入るものだからという理由で、「トレイサビリティ」(栽培履歴)が問題にされている。そうはいっても、BSE問題で肉骨粉の混入が発覚するまでは、生産者も流通業者も、現実にほおかむりをしていたはずである。だから、花が特別とはとても思えない。それどころか、とりあえずはなくても日常の生活に困らないものであるから、花の生産現場の真実が明るみに出てしまえば、そして、その問題点をメディアが指摘しはじめたら、周辺産業であるからこそ、花産業は簡単に全滅・全壊してしまう。国の産業の根幹に関わる問題であるから、オランダはMPSで対処したのである。

農産物の栽培履歴情報の開示は、もはや避けて通れない。体内に摂取されないという理由だけで、花を例外にしておいてくれるわけがない。おそろしいのは、消費者には生産現場の実態がほとんど知らされていないことである。花束加工業者や花小売店にしても、素性がわからない農薬を散布された花に日常的に触っているわけである。いつか単なる手荒れではすまされなくなる。

10年ほど前から、オランダでは「天敵」(生物農薬)の研究がさかんになった。MPS対応のためである。ところが、しばしば訪問した現地の研究者に、天敵研究のメッカは日本にあると知らされた。研究者がたくさんいて研究蓄積もあるのに、産業化の段階では、またしても日本はオランダに先を越されているのである。  社会的イノベーション(革新)の芽は、環境からの大きな衝撃に始まり、草の根の小さな意識変革の積み重ねによって支えられる。70年代のオイルショックのとき、自動車産業は壊滅的な打撃を受けると主張したエコノミストばかりだった。その結果はどうだったろうか? 熱効率が良い軽量エンジンを開発した日本メーカーが世界の自動車産業を席巻した。米国は未だに世界最大の環境負荷国家であるので、京都議定書を批准できないでいる。日本の消費者は、ある別の面では賢明である。ゴミの分別収集運動がはじまったとき、「一般人は面倒くさがって、分別に協力することはむずかしい」と言った識者が多かったはずである。ところが、約10年で環境に対する日本人の意識は着実に変わってきている。世界でもっとも進んだゴミ分別の社会システムを日本は誇っている。それを世界に向けて自慢してよいと考える。だから、農薬の問題でも世界の最先端を行きたいものである。